ここでは自転車旅とは関係なく、普段私が感じている事や考えている事を自由気ままに書いてみようと思います。


第一回目は、「食事スタイルから自発的な考え方を!」


20代の時、オーストラリアにてホームステイをした経験がありますが、その際に感じた事。

それは、食事のスタイルが異なる点。


その大きな違いは、

「他から与えられる日本の食事」と

「自分から取りに行く海外の食事」

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日本の食事と言えば、この写真の様な一人一人分けられたスタイル。

はい、これがあなたの分ですよ!といった様式。

足りない分のご飯、味噌汁などはおかわり出来るかもしれないが、逆に量が多く残してしまうと、
学校の先生やあなたの両親は無理してでも食べさせようとしただろう。

食べ物が勿体ない、料理してくれた人に感謝しなさい、野菜を摂らないと病気になる!
など何かと理由をつけてくる。
 
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しかし、私が経験したこちらの写真の様な海外のスタイルはどうでしょうか?

お皿を渡され、好きな物を好きなだけ自分で取りなさい、といった形式。

嫌いな物があれば無理に取らなくても、両親は子供達に対して怒らなかった。

その代わりに彼らが注意するポイントとしては、自分で取った食事にも関わらず それを残してしまった場合。

食べられないなら最初から多くを取らなければいいでしょ?といった感じで叱る。

子供達は、その日の体調や空腹度合いなどを考慮しながら食事を取るように教育される。



先日、カナダのユーコン川にて8日間の川下りを経験しました。

その際、同じ日に川下りをスタートする日本人大学生と前日の準備の段階から共に時間を過ごしたが、彼は自分で物事を判断する事が全く出来ない事に驚いた

8日間の食料は、どのぐらい買えばいいですかね?

・日焼け止めクリームは塗った方がいいですかね?

・川下り初日は、どのぐらいの距離を進めばいいですかね?
などと一々聞いてくる。 


自分で考えろ!と、思わず言ってしまった。

人から言われなければ出来ないのか

よく その思考でカナダまで来れたものだ

恐らく自身で渡加を決断したのではなく、一緒にいた友達に唆されたのだろう

いや、それ以前に幼少期から両親の言う事は何でも聞く、大人達にとって都合のいい子供に育てられたのだろう


もし、自分の子供が自身で判断する事が出来なかったら、あなたはどう感じるでしょうか?

他から言われるがままに行動しているとしたら、あなたは一体 誰の人生を歩んでいるのだろうか?と疑問に思うはず。


その決断力を高める1つの方法として、この海外の様な自ら取りに行く食事スタイルに注目してみては如何でしょうか?

というのが、私の考えです。

食事は毎日するものだし、しかも簡単に始める事が出来ます。

期間は定かではありませんが、将来的には自発的な考えを持つ人に成長するではないでしょうか。


しかし一方、世のお母さん達からは この様な声が聞こえて来るのも想像できます。

「野菜を摂らなかったら、子供が病気になるでしょ!」

「好きな物だけ食べさせたら栄養が偏り、発達障害でも出たらどうするんですか!」

などと

勿論、強要するつもりはないし、そこに対して責任など取れないので自己判断になりますが、
この様なエピソードがある事も覚えて頂きたいです。


鈴木宣之さん

メジャーリーグで大活躍したイチロー選手のお父さんです。

彼はイチロー少年に甘く、何でも言う事を聞く父だった。

食べ物に関しても、好きなものだけ食べなさいと言ったそうだ。

それは将来的に偏食は減るから、子供の時に無理やり食べなくてもいい。

むしろ、どんどん好きなものを食べて体作りをする方が大事だ!と語ったそうだ。


最後に、この話をして今回の持論を終えたいと思います。

下記、

http://sengokurekishi.com/category3/entry21.html

より引用


大河ドラマ・真田丸で、ごはんに何度も汁をかけて食べる北条氏政が話題になっていますが、あれって実在するエピソードが関係してるんです。

では、どういったエピソ-ドなのか?


戦国時代に小田原城を拠点として関東を治めていた後北条氏の三代目・氏康と息子の氏政が食事をしていた時の話。

当時の食事は、食事を終える時、最後にごはんの椀に汁をかけて食べるのが普通でした。

こうすると米粒も残さず食べる事ができるからです。


氏政は食事を終えようとした時、ごはんの椀に汁をかけましたが、まだ米が残っていたのか数回、汁をかけて食事を終えたそうです。

 

これを見た父・氏康は涙を流して、

『北条氏もワシの代で終わりか

と嘆きました。


驚いた氏政が理由を聞くと、

『椀に残った米粒を全て食べるのにどのくらいの汁が必要かお前は考えもせず食事をしていた。食事ひとつとってもお前の考えは浅はかだ』

と、理由を述べたといいます。


つまり、椀の中のご飯粒を食べるのにどれだけ汁が必要なのか、考えて汁をかけろということなのです。

でも氏政は、ご飯粒ありきで、どんどん汁をかけて食べていました。

つまり、あまり考えずに食事をしていたという事なんですね。

これが的中したのか、後北条氏は氏康亡き後、名胡桃城(なくるみじょう)という、群馬県の小城ひとつにこだわり、また時勢を読めず豊臣秀吉の小田原攻めにより、天正十八年(1590)に一度滅んでいます。



如何でしたでしょうか?

食事スタイルによって考え方、更には人生までもが大きく変わってしまうという私の一論にも少しは頷いて頂けたのではないでしょうか?


最後まで読んで頂き、有難うございます。(^ ^)